※他の書き手の方が先にnoteで投稿されたので、自主的にお蔵入りにした拙リライトを公開しております。
とある中学校に伝わる噂。
そして、それにまつわる体験談。
その中学校はバブルの頃に大規模な工事を行い、新校舎を建てたそうだ。
それにより、それまで使用していた校舎は旧校舎となり、授業で使われなくなった。
そのため、倉庫や吹奏楽部等の部活の練習場所として利用されるようになった。
旧校舎の改装からしばらく経ったある時。
一部の生徒の中で、
『妙なものを見た』
という話が持ち上がった。
……といっても。
オバケや不審者を見た、という話ではない。
それを目撃したのは、サッカー部や野球部。そして旧校舎で練習していた吹奏楽部の部員。
つまり、遅くまで校内に残っていた生徒たちだった。
彼らによると。
その日の夕方遅く、正門がまもなく閉まるという頃。
業者らしき男性たちが体育館から旧校舎内へ、何か大きなものを運んでいるのを見たのだという。
その様子を見ていた運動部員たちは運ばれているものが何なのか、すぐに思い至った。
体育館奥の倉庫に仕舞われていた。かつて誰かから寄贈されたものらしい、大きな姿見の鏡だった。
先述したように、旧校舎はもうほとんど使用されていない。
姿見なら、普通は生徒が身嗜みを整えるために昇降口に置きそうなものだし、そんなに大事なものならもっと人目につく場所、例えば校長室や職員室の前、来賓用の玄関などに設置すればいい。
それなのに、もう使用されていない旧校舎に運び込むというのは、いったいどういうことだろう。
そもそも、その姿見が仕舞われていた倉庫というのも、昔からいろんなものが詰め込まれたまま埃まみれになっている。
汚いし、ケガをするかもしれないから、用もないのに無闇に入らないようにと、そう注意されていた場所だった。
つまり、その姿見は。
大半の生徒にとっては、何かの拍子にチラッと見たことはあっても、しっかりと見たことはない。
そんな品だったわけだ。
そうなると、その姿見を見物しに行こう、と考える生徒が出てくるわけだ。
旧校舎で練習をしている吹奏楽部の部員によると、業者の男性たちは校舎内の階段の内の一つ、その踊り場に姿見を設置していった、とのことであった。
言い出しっぺの運動部員を筆頭に何人かの生徒がその踊り場に行ったところ、確かにそこに姿見が据え付けられていた。
古ぼけてはいるものの、縁の部分に細かな装飾の施された、立派な代物である。
鏡の下部、隅の方に文字が印刷されている。運動部の生徒たちの言葉通りだとすると、寄贈者名や年度を記したものだろう。
何人かがそれを読もうと覗き込み、そして困惑した。
確かにそれは姿見が寄贈された旨を示すものだったのだが。
何故か、寄贈者名だけが削り取られていたのである。
(なお、年度から姿見が寄贈されたのはこの学校が創立したばかりの頃らしい、ということがわかった)
結局、その時は姿見が実際に設置されていること、寄贈者の名が削られていること。それらが確認できただけで。
それ以上は何もないと判断し、生徒たちは解散したのだが……。
後日、姿見を見に行った生徒は全員、職員室への呼び出しを受けることとなった。
何事かと思い顔を出した生徒は、もれなく教師たちから叱責を受けた。
言い訳の類には一切聞く耳を持たない、ただただ頭ごなしに怒鳴りつける、そんな非常に厳しいものだった。言い出しっぺの運動部員は往復ビンタを喰らったほどだったそうだ。
叱責の中身は、教師ごとに多少の差こそあれ、
『なぜ姿見を見に行った。絶対に行くな。他の理由があって行くのは仕方ないが『姿見を見る』という目的だけでは絶対に行くな』
そんな内容に終始していたという。
正直なところ、理不尽な叱り方だと言わざるを得ない。
実際、呼び出しを受けた中にはそれを不服に感じた生徒も多く、親を通じて然るべき場所へ訴えてやると息巻いていた者もいたという。
……だが。
一週間と経たない内に、呼び出しを受けた生徒たちが。
『訴えてやる!』と息巻いていた者も含め、全員が大人しくなってしまった。
それどころか、全員、
『あの階段には行かない方がいいんじゃないかな』
そう周囲へ忠告するようになった。
あまりに急な変わりようだったため、奇妙に思った友人たちがどうしたのかと声をかけたが、どれだけ訊ねても曖昧に言葉を濁すばかりで、要領を得ない答えしか返ってこない。
姿見を見に行った内、何人かの気性の荒い生徒などは、そうしてしつこく訊かれたために逆上し、相手へ暴力を振るった、とも伝えられている。
その内に、誰も階段に近づいてはいけない理由を彼らに訊ねようとはしなくなった。
それからしばらくして、姿見を見に行った生徒たちや、吹奏楽部員を始めとする旧校舎に出入りする生徒たちから、学校側へある要望が提出された。
『姿見の置かれた階段を封鎖してほしい』
そんな内容だったという。
要望は即座に受理され、階段周辺の区画にはチェーンが張られ、『その階段だけ』が完全に封鎖されて使用不可となった。
以来、姿見の置かれたその階段に近づこうとする者はいない。
元から物置程度にしか使用されていない区画だったため、使用不可になっても特に支障はないのだが。
封鎖から何年も経った頃でも、知らずに階段に近づいたところを教師に見つけられ、厳しく叱責されたり廊下に立たされたりする生徒の姿が度々見られた、ということである。
──さて。
それから何年も後のこと。
この話の提供者、Aさん(女性)が在学中に体験した話である。
在学中、Aさんはいじめを受けていた。
当時の彼女の髪型は、その頃としては珍しいかなりの短髪、つまりベリーショートだった。
それが一部の女子グループの目に止まり、からかいの対象となった。別にその髪型は校則違反というわけではなかったし、そもそも彼女が趣味でやっているだけで誰かに迷惑をかけるようなものでもない。
(なんでそんなことで絡んでくるんだろうなぁ。意味わかんないし、メンドくさいなぁ……)
そう考えて適当に対応した、そんなAさんの態度が気に食わなかったのだろう。それからまもなく、いじめはより陰湿なものになっていった。
いじめに対して、
(面倒だなぁ、どうしようかなぁ)
と思いながら学校生活を送っていた、そんなある日。Aさんはいじめグループから呼び出しを受けた。
面倒くさいと思いつつ顔を出すと、いじめグループの面々はニヤつきながらインスタントカメラをAさんに渡し、旧校舎の姿見の写真を撮ってくるよう命じた。
「姿見を撮ってきたら、いじめるのを勘弁してやる」
……とのことだったが、その言葉をそのまま信用するほどAさんも楽天的ではない。
言う通りにしたところでいじめが終わるわけがない。後であれこれ難癖をつけていじめを継続するに決まっている。
それに、問題の階段近くは定期的に教師が見回りをしているため、見つからずに撮影するのはほぼ不可能と言える。
つまり、撮影を承諾することは、即ち自分から先生に怒られにいくのと同義なわけだ。どう転んでもロクな結果にならないのである。
とはいえ、拒否をすればいじめがより酷いものになることも目に見えていた。
(ああ、もう。面倒だけど、行くしかないのかなぁ……)
結局、Aさんはいじめグループの要求に従い、姿見を撮影しに旧校舎に行くことにしたのであった。
旧校舎へ潜入するにあたり、例えば姿見が置かれている場所など、具体的なことをあまりよく知らないことに気づいたAさんは、まず事前に情報を収集することにした。
そうして、ある話を知った。
どうやら、何年も前に新聞部が姿見について調査したことがあったらしい。結局それが記事になることはなかったが、その際の調査記録をまとめた原版はまだ部室に残されているというのだ。
部室は部員以外でも立ち入り可能だったため、Aさんはその原版を確認するべく新聞部を訪ねることにした。
話から察するにおおよそこれくらいの時期だろうとあたりをつけ、年度別に保管された大量の原版を漁る。すると、確かに姿見について書かれたものがあった。
内容はというと、特に目新しい情報はなかった。姿見が搬入されてから階段が封鎖されるまでの経緯が大半で、姿見の正体やタブー視されている理由など、具体的なことは何も書かれていない。どうやら、調査したものの何もわからなかったらしく、記事は曖昧な結論で締め括られていた。
だが、ただ一つ。
Aさんが在学していた当時は、単に『鏡』と呼ばれていた、あの姿見のことを。
『双子鏡』
と、記事の中ではそう表記していた。
Aさんには、何故かそれが妙に気味悪く感じられたのだった。
──結局、Aさんは具体的なことは何もわからないまま、旧校舎へ踏み入ることになった。
(Aさん曰く、後になって考えてみればその時点でもう既におかしかったのかもしれない、とのことだが)
普段、問題の階段近辺は、教師が定期的に見回りをしているのだが、なぜかその時は誰もいなかった。
(……誰もいない。行ってもいい、ってことなのかな?)
どうせすぐに見つかってしまうだろうと考えていたAさんだったが、誰もいないのなら好都合だ。夕暮れ時でもう薄暗くなっているが、外からわからないように明かりをつけず、封鎖しているチェーンを乗り越えてAさんは埃まみれの階段を登っていった。
事前に調べた通り、姿見は二階と三階の間の踊り場にあった。
(……デカッ!)
姿見と言うからには、それなりの大きさがあるのだろうとは思っていたが、Aさんの想像していた以上に大きな鏡だった。
身の回りで一番背の高い男性と比較しても、それよりも頭一つか二つ分は大きいだろう。
(大きな鏡だなぁ。材質はわからないけど、重さも結構ありそうだし、運ぶの大変だったろうなぁ……)
そう思いながら、Aさんは姿見をしばらく観察していた。鏡の右下には文字があり、噂通り、寄贈者の名前だけが削り取られていた。
全体を一通り観察した後、今度は鏡の前に立ってみた。姿見に全身が映るようにして、そのまましばらく眺め続ける。もしかしたら何か起きるかもと思ったが、何も起きる気配はない。
(……まあ、そんなもんだよね。じゃ、とりあえず写真撮るか)
そうしていじめグループに命令された通り、インスタントカメラで何枚か撮影をした。
(こんなもんかなぁ。間違いなく姿見は撮ったわけだし、これで現像して見せればいいんだよね。
……って。そういえばこれって、もしかして私が現像代を出さなきゃいけないの?)
理不尽だなぁ。
そう思ってため息をついた後、Aさんは念のためもう何枚か撮影しておくことにした。
そうして撮影している内、足音が聞こえてきた。
誰かが階段を登ってきているらしい。
もしかすると、カメラのシャッター音を聞いて教師か警備員が様子を見にきたのかもしれない。
そう思ったAさんは、もうすぐそばまで、二階の廊下まで来ている足音の主の方へ振り返って謝った。
「……あっ、スイマセンッ!」
……そこで記憶が飛んでいる。
気がつくと、Aさんは学校の外周、敷地を囲む道路を一人で歩いていた。
ぼんやりしたまましばらく歩き続け、そこでやっと自分は何をしているんだと我に帰った。見れば、足下はいつの間にか外履きに履き替えている。
何故こんな所にいるのか思い出そうとするのだが、全く思い出せない。
姿見を撮影していて、下から来た誰かに謝ったことまでは覚えているが、そこからの記憶が抜け落ちている。下から来た誰かについても、その姿を真正面から見たはずなのに、それが誰だったか全く覚えていなかった。
何が何だかわからず、薄気味悪さを感じたAさんは、とりあえず昇降口に置きっぱなしにしてある荷物を回収し、急いで帰ることにした。
昇降口に戻り、ふと壁にかかった時計を見て、Aさんは愕然とした。
旧校舎に入ってから、一時間以上も経過していたのだ。
姿見の撮影をしていたのは、ほんの数分ほどのこと。つまり、一時間近くも外周を歩いていたことになる。そのことに気づき、Aさんは改めて気味が悪くなった。
早く家に帰ろう。そう思いAさんは校舎を出た。そして校門から出ようというその時、彼女はふと振り返って旧校舎の方を見た。
ベランダに人影があった。
最初は、まだ吹奏楽部員が残っていて練習をしているのかと思った。
が、真っ暗な上に距離があるのでよくわからないが、どうも違う気がする。
その性別もわからない人影は、片手をヒラヒラさせていた。見ていると、その動きはどうも自分に向かって手を振っているように思えてくる。
その内に、これは間違いなく自分に向けて手を振っているのだと感じ、Aさんは急いでその場を後にした。
家に帰り着いたAさんは、ヘトヘトに疲れ切っていた。
急いで帰ってきたということもあるが、それ以上に旧校舎に入ってからの奇妙な体験による精神的な疲弊が大きかった。上り框に座り込み、グッタリしながら旧校舎での出来事を思い出す。
(うわ〜、記憶も飛んでるし、変なもん見ちゃったし、何だったんだろうなぁ……。
やっぱり先生たちが、
『行くな、見るな、触れるな!』
って、あれだけ言ってたのは、つまりそういうことなんだよなぁ、嫌だなぁ……)
とはいえ、悩んでどうにかなるわけでもない。全身汗だくで気持ち悪かったこともあり、Aさんは気分を切り替えるため風呂に入ることにした。
「ふう〜……」
熱い湯船に浸かってボンヤリしていると、家の電話の鳴る音が聞こえてきた。そしてしばらく間をおいて、Aさんの姉が風呂場に来た。
「友達から電話だよ」
「友達? うん、わかった」
返事をしたものの、先述した通り、いじめを受けていたAさんには家に電話をかけて来るような相手などいなかった。いったい誰だろう。クラス内の連絡網だろうか。
不思議に思いつつも、急いで身体を拭いて電話に出ると、相手は姿見の撮影を命令したいじめグループの一人だった。
「……もしもし?」
「ああ、あたしあたし」
「ああ、うん。どうしたの?」
「……アンタ、根性あるねェ〜」
それだけ言って、相手は電話を切ってしまった。
「……?」
全く意味がわからなかった。
言葉から察するに、彼女、あるいはいじめグループの面々は、Aさんが姿見を撮影しているのをどこかから見ていた、ということだろうか。
だとしても、その一言だけのためにわざわざ電話をかけてくる、その意図がわからなかった。
「……まあ、いっか」
考えても仕方ないと判断し、Aさんは風呂に入り直すことにした。
風呂から上がり、家族で食卓を囲む。
そうして食後にAさんがゆったりとくつろいでいると、玄関のチャイムが鳴った。時計を見ると、時刻は八時半過ぎ。こんな時間に誰だろうと出てみると、相手はいじめグループの別のメンバーだった。
「え、何? どうしたの?」
「いやァ〜、あたしだったら行けないよ。すごいねェ〜」
怪訝な表情を浮かべるAさんに対し、彼女はどこか引き攣ったような半笑いで賞賛する。
「あ、うん……」
「いやホント、すごいすごい。……カメラ、預かるわ」
(あ、私が現像しに行かなくていいんだ。良かった……)
自腹を切るのかと考えていたAさんからすれば、ありがたい言葉である。
それじゃあ、とカメラを差し出すと、いじめっ子は表情や口振りとは真逆の荒っぽさで、カメラをAさんの手から奪っていった。
「じゃ、お疲れ〜」
そうしていじめっ子はさっさと帰ってしまった。
様子を見ていた家族から、
「お友だち? なんだか変わった子ねぇ」
と声をかけられたが、Aさん自身も何が何だかわからず、曖昧な返事をするのがやっとだった。
さらにその後。
もうすぐ日付が変わろうかという頃。
(明日も学校だし、そろそろ寝ないと……)
自室へ戻ろうかとAさんが考えていると、またもや電話が鳴った。
こんな時間に誰だろう、取りに行ったほうがいいだろうか。
そう思うものの、帰宅してからの出来事を考えると、また気持ち悪いことが起きそうな気がしてならない。
普通の電話だったとしても、もう遅い時刻だし、相手の方も早く諦めてくれないだろうか。そう思っている内に姉が立ち上がり、受話器を取った。
相手と少々やり取りをした後、姉は振り返り、怪訝な表情を浮かべてAさんに訊ねた。
「ねえ。◯◯先生って、あんたのとこの担任?」
◯◯先生、というのはAさんのクラスの副担任を務める男性教員だった。
そうなると、帰宅直後のいじめグループからの電話とは違い、今度こそ本当にクラスの緊急連絡網という可能性がある。
姉から受話器を受け取り、Aさんは電話の向こうの副担任へ呼びかけた。
「もしもし?」
「いや〜。すごいなァ、おまえ。あんな距離で見てさ、まだそうやって普通に話ができるんだ。すごいなァ、おまえ」
それだけ言って、電話は切れてしまった。
「……えっ?」
わけがわからず、受話器を持ったまま立ち尽くすAさん。
一日の内にこう何度も理解不能なことが起きたのでは、さすがにもう彼女も限界だった。
正直なところ、そもそもの発端であるいじめのことさえ頭の中から吹っ飛んで、こんな気持ちの悪い学校からはさっさと転校したいと、そんな考えが浮かんだほどだった。
とはいえ、現実的にはそんなことができるはずもない。
(ああ、もういいや。寝よ寝よ……)
そうして彼女は理解不能な出来事の記憶を振り払おうと、さっさとベッドに潜り込んだのであった。
しかし、記憶というものはそう簡単に消えてくれるものではない。
深夜、Aさんは汗まみれになって飛び起きた。
悪夢を見たのである。
夢の中、彼女は何処とも知れない廃墟の中を、何かに追われて逃げ回っていた。
足がもつれて転び、それでも四つん這いになって逃げようとする。
そんな彼女の汗まみれになった身体に、埃や蜘蛛の巣がまとわりつき、全身がドロドロになっていく……。
そんな夢の中での気持ちの悪い感覚。それが飛び起きた後もなかなか消えてくれない。
とてもじゃないが、そのまま再び眠れるような状態ではなかった。
汗まみれの上に喉もカラカラになっていたAさんは、まずは落ち着こうと考え、台所へ水を飲みにいくことにした。
二階にある自室を出、階段を下り、廊下を通って台所に入る。
そして浄水器からコップに水を汲み、それに口をつけようとして……。
ある違和感に気がついた。
台所へと続く廊下。その壁には鏡がかかっている。
いつも家族が外出前に身嗜みを整えるために使っている、顔だけが映るくらいの小さな鏡だ。
それなのに。
さっきAさんがその前を通った時、チラリと横目に見えたその鏡には、彼女の全身が映っていたような気がした。
気のせいだ。見間違いだ。
そう何度も自分に言い聞かせるのだが、その度に記憶が鮮明になっていく。
確かに、その鏡には全身が映っていた。
それだけの大きさの鏡が、そこに確かにあった。
そんな確信が強まっていく。
間違いなく、そこに『姿見』があった。
そして、そこには前を横切るパジャマ姿の自分が映っていた。
Aさんの脳内に鮮明に画像が浮かぶ。
今すぐ脇目も振らず自室に逃げ込み、ベッドに潜り込みたい。
だが、台所から出た瞬間、視界の隅に自分の全身が見えてしまったら。
本当にそこに姿見があることを確認してしまったら。
もっと恐ろしいことになってしまうかもしれない。
そう考えると、もう台所から外に出るどころか、その場から一歩も動けなくなってしまった。
そしてその内に。
唐突に、Aさんは思い出してしまった。
旧校舎で姿見を撮影していた、あの時。
姿見の前に立つAさんに向かい、階段を登ってきた誰か。
それは、目の前の姿見と同じくらいの大きさの鏡を抱えた、女の子だった。
そして、その女の子の姿を目の当たりにして。
恐怖に震えながらも。
「ああ、だから『双子鏡』って言うのかぁ」
と、自分が呟いたこと。
……そんな記憶が、一気にAさんの中に蘇った。
もはや、理屈ではない。
旧校舎での記憶。
台所の外の鏡。
その二つの付合により生じる恐怖。
それによって、Aさんはその場から動くことすらできなくなっていた。
どうすればいいか。あれこれ考えるものの、良い手が思い浮かぶはずもない。
もうどうしようもない。最終的にそう判断し、彼女は台所で夜を明かすことにした。
直に床で寝ることになるため、翌朝全身が痛むことになるだろうが、それでも廊下に出て姿見を直視することと比べれば、はるかにマシだ。
台所で一夜を明かすにあたり、まずは入り口を何とかしなくてはならない。
外にある鏡のことを考えると、まず台所の扉を閉めておかないことには安心できない。
扉には鍵がついていないので、そこだけは心配だが、椅子で押さえておけば少しは安心できるだろう。
そう考え、Aさんは椅子を抱え、扉へと歩み寄った。
『よいしょっと』
廊下から、自分と同じくらいの歳の女の子の声が聞こえた。
続いて。
バキッ
バキッ
壁から何かを取り外すような音も聞こえた。
……そこから先の記憶がない。
次に気がついた時、Aさんは入院患者用の服に着替えさせられ、点滴に繋がれ、病院のベッドの上に横たわっていた。
後で家族から聞いた話によると。
病院に搬送されるまでの間、彼女はかなり暴れていたらしい。姉が言うには、完全に発狂したのではと思うほどだったそうだ。
(Aさん曰く、家族のその説明は随分とオブラートに包んだ表現に思えたそうである)
一週間ほどの入院生活の後、Aさんは無事回復し、再び学校に通えるようになった。
久々に登校した彼女は、いじめっ子や副担任へ、あの晩自宅に電話をかけてきたか、訪問してきたかと訊いて回ったのだが。
全員『そんなことはしていない』という答えだったそうである。
──この『双子鏡』の話を収集した某大学のオカルトサークルの面々は、話の裏付けを取るべく調査を行ったそうだ。
(※『忌魅恐序章』を参照)
https://venal666.hatenablog.com/entry/2021/10/10/005647
(冊子に記された内容は、かなりオブラートに包んだ、ぼかした表現だったそうだが)
……調査によれば。
Aさんをいじめていた生徒たちは。
亡くなってはいないものの、その学校で卒業を迎えることができなかったらしい。
この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『忌魅恐 最終夜』(2021年5月7日)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/681385848
から一部を抜粋、再構成、文章化したものです。(0:51:40くらいから)
題はドントさんが考えられたものを使用しております。
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