
廃病院のついての話。
この話を提供したAさん(男性)が言うには。
その廃病院は、例えば『医療ミスが原因で……』だとか、そうした曰く因縁のある場所ではないそうだ。
敢えてその病院の問題点を挙げるとすれば、先代の院長くらいだろうか。心療内科の医師だったというその院長は、診察の際に患者の求めるままバンバン薬を出してしまうタイプだったという。
時代が時代とはいえ、当然ダメな行為だ。彼の引退後、引き継いだ後任の医師により『さすがにそれはダメだ』ということになり、それからはそうしたことは一切なくなったそうだ。
とはいえ、問題といえばそれくらいだった。廃墟になったのも、建物の老朽化に伴い、別の場所に新しい病院を建ててそちらへ移転し、その結果使われなくなったためだという。
つまり正規の手順を踏んだ結果、廃墟となったのだ。元々病院内にあった機材や備品等も、移転に伴い新病院の方へ移されており、内部にはもう何も残っていないらしい。
とにかく、そんな何の問題もない病院の廃墟なのだそうだ。
それなのに。
深夜になると、病院内部からコツコツという妙な音が聞こえてくるらしい。
昔、その音を聞いた人が正体を確かめようと病院内に忍び込んだことがあったそうだ。
資材等を運び出した後ということもあり、病院はロクに警備もしておらず、侵入することは容易かった。
そこでその人は内部を隅々まで探索してみたのだが、 例えば隙間風によってゴミが揺れていたりとか、パイプから水が滴っていたりとか、音の出所らしきものは全く見つからなかったという。
結局、何も発見できないまま、その人は病院を後にしたということだ。
──という話が、禍話の語り手であるかぁなっきさんへAさんから寄せられた。
正直なところ、当時のかぁなっきさんはあまりピンと来なかった。そのため、この話はお蔵入りになることとなった。実際、提供された話の中で特に目立った点もないのだから仕方がないことと言えるだろう。
……だが、それからしばらく経った後。
Aさんから、その廃病院にまつわる体験談が寄せられた。
──以下。
寄せられたAさんの体験談である。
普段、滅多にそんなことはしないのだが。
その日のAさんは珍しく、午前三時過ぎに外を歩いていた。遊びに行き、ずいぶん酒を飲んだ。その帰りだったそうだ。
土地柄もあり。Aさんのように、この時間帯に外を歩いている人影は全く見かけない。
酒の抜け切らないフラフラした足取りのまま、彼は家路を急ぐ。
(あ〜、ずいぶん遊び過ぎたな……。でもまあ、明日は休みだからいいか……)
そうして、例の廃病院の前の道を通りかかった。
コツコツコツコツ……
かつて自分が禍話へ提供した話に出てきたような、コツコツという音が聞こえ。
Aさんはビクリとした。
同時に、噂に聞いていたその音を直に、自分で聞いたことで。
それが何の音なのか、ハッキリと脳裏にイメージが浮かんだ。
(これ、アレだ。爪で机とかを叩いてる音だ……)
苛立った女性が長い爪でテーブルの表面を何度も叩いている。
ドラマなどで見かけたことのある、そんなイメージが浮かんだ。
普通なら、そこで気味悪がって足早に逃げ去るものだろう。
だが、その時のAさんは多分に酒が入り、気が大きくなっていた。
(……音の正体を、突き止めてやろう)
酩酊した頭で、そう考えた。
廃病院へ近づき、入り口のガラス越しに中を覗き込む。
中には、人影のようなものは見えない。
しかし、さっきまで確かに爪で叩くようなコツコツという音は聞こえていたわけだ。
(あれ、おかしいな。さっきまであそこの受付とかナースステーションとかのあたりで音が聞こえてたのに……)
不審に思い、廃病院の中へAさんは侵入した。
(誰もいないな……)
灯りもないまま、廃墟の暗闇の中を歩き回り、彼は隅々まで探してみた。
だが、人影どころかそれらしい痕跡すら見つからない。前に聞いた噂通り、そんな音の鳴りそうなゴミ等も見当たらない。
(今まで音が聞こえてたのに、どこにもいないってことは。どこかに隠れたのかな……)
建物内をぐるりと確認して回った後。
入口の方へ戻ってきたAさんは、奥の方の暗闇を眺めながら、そのように考えた。
コツコツコツコツコツコツコツコツ……
(……えっ⁉︎)
突然、背後であの音が鳴り始めた。
出所は、間違いなく受付だ。誰かが長い爪で、カウンターの表面を叩いている。
(さっきまで、誰もいなかったはずなのに……)
背後からの音にゾッとして、Aさんは今すぐ逃げ出したくなった。
だが、悪いことに。
Aさんは今、病院の奥の方を向いて立っている。さっき侵入した、建物の入り口に背を向ける格好だ。そして、受付は入り口のすぐ脇にある。
建物から出られそうな場所は、自分が入ってきた入り口の他にない。
つまり、ここから逃げ出すためには、後ろを振り向かないといけない。
受付を。そこにいるはずの『音の主』を。絶対に視界に入れなくてはならないのだ。
(ウワーッ! 怖い! どうしよう⁉︎)
背後からコツコツと音が鳴り続ける中、Aさんは悩んだ。そして、もう他に手はないと、覚悟を決めた。
(いち、にの……、さんッ!)
意を決し、振り返った。その目線の先。
入り口の横、受付のところに。
女がいた。
ボサボサの、長い黒髪だった。
ずいぶん着古したような、恐らく寝巻きの類らしい服を着ている。
さらに、足元は裸足だ。そんな格好で外出できるのか、という感じだった。
そして。
ストレスで、自分で噛んだのか。あるいは不摂生のためか。ボロボロになった爪で、受付の台の表面を、執拗に叩き続けていた。
突然現れた女。
それに驚き、先ほどの覚悟などすっかり忘れてしまった。
そうしてAさんは硬直し、突如現れた、受付を爪で叩き続ける女を見ていた。
……すると。
女が、ゆっくりと彼の方を向き。
こう叫んだのだという。
『……ここで待ってくださいって言われたから。
アタシ、ずっと待ってるんですけどォッ⁉︎』
──そこから何があったのか。
全く記憶がない。
次に気がついた時、Aさんは自宅にいた。
そんな記憶は一切ないのに。普段、就寝時に着替える寝巻きへ、いつの間にか着替えていた。
なのに、足元を見ると靴を履いたままだった。
必死で自宅へ逃げ帰り、そして気が動転したまま普段の行動をこなして床についた。そうなったのではないか。Aさんはそう解釈したそうである。
「……まあ、そういうことがあったから。死んだ人なのか、生きた人なのか、生霊なのかわからないけど……。あそこはハンパないですよ。あの『コツコツステーション』は!」
Aさんの話を聞いた後。
「……なんだよ『コツコツステーション』って!」
かぁなっきさんは、そんなツッコミを入れたそうだ。
この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『震!禍話 十六夜 佐藤復活祭』(2018年5月27日)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/467355250
から一部を抜粋、再構成、文章化したものです。(0:54:00くらいから)
題はドントさんが考えられたものを使用しております。
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見出しの画像はこちらから使用させていただきました