ある廃墟を訪れたグループの話。
そこは特に謂れのある場所ではなかった。せいぜいがそこに住み着いていたホームレスが自然死か病気などで亡くなっているのが発見されたことがあるとかないとか、その程度の噂があるくらいだ。
肝試しではなく、廃墟の写真を撮影するのが目的だったため、彼らは昼間にそこを訪れたそうだ。
その廃墟は公営の団地を思わせるような作りの、数棟の建物から構成されていた。
廃墟内に入って中をあちこち見て回る内、一行はある感想を抱いた。
よくある廃墟とは違い、ここはそれまで使われていた建物が放棄されて荒れるがままになっているのではないらしい。一部の棟は、どうやら途中まで建築したところで投げ出されたようだ。
敷地内に入って最初に見て回った数棟には、確かに人が使っていたらしい痕跡があった。しかし奥の方へ行くと、明らかに経年劣化によって崩壊したのではない、建築途中で放棄されたようにしか見えない、そういう風に鉄骨が剥き出しになった箇所が多々見られた。
つまり、それまで普通に使用されていた建物に加え、新たに数棟を増築しようとしたところで何かしらの問題が発生し、その結果放棄されることになった、と考えられる。
そもそも元はどういう建物だったのか、それがよくわからない。
確かに団地を思わせるような構造だが、それにしては立地が山奥過ぎる。市営であれ社宅であれ、あまりにも不便な土地なのだ。
もしかするとある種の老人ホーム、まだ比較的元気なお年寄りが入居するような、そういう施設だったのかもしれない。
いろいろ考えたが納得のいく答えは出ず、一行は何やら気持ち悪い感じを覚えたという。
さて、目的である廃墟の撮影が始まった。
どんな集団でもそうだが、ある程度の人数がいると、興味はないが何となくついてきたという者がその中に混じっているものだ。
このグループにもそういう者たちがいた。その中のひとりを仮にAさんとする。
カメラを持った仲間は、例えば廃墟内の各所にかつて人がいた痕跡や剥き出し状態の鉄骨を見つけては嬉々として撮影しているが、Aさんのような興味がない者からすれば何が面白いのかいまいちよくわからない。
そんなわけで撮影が行われている間、Aさんは同じくあまり写真に興味がない仲間たちと共に暇潰しがてら廃墟内を散策してみることにした。もし迷った場合に備え、自分たちが乗ってきた車の駐車してある場所を改めて確認し、その上で廃墟内をあちこち見て回ったそうだ。
「どこも同じような作りなんだなぁ」
各所を見て回り、仲間とそんな会話をしながら各棟を散策する内、Aさんはいつのまにか皆とはぐれ、誰もいない方へと足を踏み入れてしまっていた。
後になって考えてみれば妙なことだった。
こうした場所で単独行動をとるのは言うまでもなく危険な行為である。それにもかかわらず誰もいない方へ単独で入っていったこともそうなのだが、その時の彼は異様なくらい念入りに各所を確認して回っていたという。
先刻まで仲間と話していたように廃墟内はどこも同じような作りだとわかっているはずなのに、部屋の中をひとつひとつ、ドアが残っている部屋ならそれを開けて室内を覗き込んでは、
「あ、同じ同じ」
と確認をして回っていた。
まるで、部屋の構造や残された品など何か変わったことはないか見て回ることより『部屋を覗きこむ』という行為自体が目的になっているかのようだった。
そうしてあちこち見て回る内、Aさんはある棟の上層階まで来てしまっていた。
それまでと同じように、その階の部屋のドアを開けて覗き込む。
そして、中を見てびっくりした。
女の子がいた。
どこにでもいるような感じの、ごく普通の中学生くらいの女の子だったという。
誰もいないはずの場所で人と遭遇して驚いたAさん同様、その女の子もいきなり人が部屋に入ってきたので驚いたらしい。ふたりとも、ほぼ同時に驚いて声をあげてしまった。
「びっくりしたぁ……」
『びっくりしたぁ……』
別に悪いことをしたわけではないのだが、驚いて声を上げた女の子に対してAさんは反射的に、
「あっ、ゴメンねっ!」
と謝り、そして気がついた。
(……え? ここ、廃墟だよな……)
こんな山奥の廃墟に、自分たちのグループ以外の知らない女の子がいる。
自分たちだって車に乗ってやって来たような場所に、中学生くらいの女の子が、ひとりで。
自分たち以外に誰かが来ているような様子もなかった。
(……これはいったいどういうことだ?)
Aさんがそう思っていると、女の子の顔に満面の笑みが浮かんだ。
『びっくりした?』
自分にかけられた、ものすごく嬉しそうな女の子の声を聞いた瞬間、
(……これはヤバい!)
そう感じたAさんは踵を返し、慌てて部屋を飛び出した。
少し走ってから振り返り、背後を確認する。
女の子がついてきていた。
走って逃げ出したAさんとは違い、女の子はまるで近所を散歩しているかのような、ゆっくりとした速度でこちらに迫ってくる。
そうして相変わらず嬉しそうな笑みを浮かべ、
『びっくりした? びっくりした?』
と声をかけながらAさんの方へ歩いてくるのだ。
女の子の様子に恐怖に駆られ、Aさんは再び走り始めた。そうして逃げながらどうすればこの状況から脱することができるのか、パニックになった頭で必死に考える。
Aさんは車の運転ができない。故に車まで逃げても、それに飛び乗って逃げ出すことは不可能である。
それに、仲間たちがこの異変を、自分を追ってくる女の子のことを把握していないとしたら、もっとマズいことになる可能性もある。
もし仲間たちがこのことに気付いていなかったら。自分が仲間の方に逃げたことにより、誰かがあの女の子に遭遇して捕まってしまったら……。
(うわー! どうしようどうしよう!)
あれこれ考えるがうまい手が思いつかない。かと言って誰かを呼ぶわけにもいかない。
仕方がない。後のことはともかく、とりあえず今は車まで逃げよう。そう決めたAさんは全力で走った。
建物から飛び出したAさんが車までたどり着くと、すでに仲間たちが全員、車に乗り込んで彼のことを待っていた。
「おい! 早くしろ! 早くしろ!」
夢中で廃墟写真を撮影していた仲間もすでに車内にいて、
「急げよぉッ! 早く乗れぇッ!」
と、皆と一緒にAさんに向かって叫んでいる。
何にしてもAさんからすれば好都合だ。後は自分が車内に飛び込むだけでここからすぐに逃げ出せるわけである。Aさんが乗るとすぐに運転手が車を急発進させる。
(えっ、助かったの……?)
猛スピードで廃墟を離れていく車の中で、Aさんは安堵すると同時に状況がわからず困惑していた。
なぜ仲間たちが既に車に乗り込んで逃げる準備をしていたのか。その理由を聞きたかったが、仲間たち全員が押し黙っている車内の重苦しい空気の中では、それについて聞くどころか何かしゃべる事すらできそうにもなかった。
廃墟のある山を出て街までたどり着いたところで全員が安堵したのか、やっと車内の緊迫した雰囲気が和らいだように感じられた。そこでようやくAさんは仲間たちに話を振ることができた。
「……みんなにも聞こえてたんだ?」
「……ああ、聞こえてた聞こえてた」
「聞こえてたよ、ヤバいよな……」
「ヤバいわアレは……、お前、大丈夫だったか?」
「おお、大丈夫大丈夫。よかった、みんなにも聞こえてたんだ……」
そこでAさんは自分が何を体験したのか、仲間たちに話して聞かせた。
「……あの女の子、たぶん生きてる人間じゃないと思うんだけど。きっと、自分を見てびっくりしたってことは自分のことを認識してるってことだから、それが嬉しくって俺を追いかけてきたんだろうな。そういうことだと思うんだよ……」
何があったかを語り終えたAさんだったが、それを聞いた仲間たちの反応がおかしい。皆、異様なほどに沈み、黙りこくっている。
「いやいやいや、おかしいじゃん! なんでそこでみんなそんなにヘコむの⁉︎ みんなも聞こえてたんでしょ⁉︎」
もしAさんがその体験を聞かされた側だったら、確かに恐ろしさのあまり絶句してしまったかもしれない。だとしても、全員が全員押し黙ってしまうというのは奇妙に思われた。誰かしら、「怖ぇ……」とか、そういう感想を漏らしてもいいのではないか。
黙り込む仲間たちに思わずツッコミを入れたAさんに向け、ひとりが言う。
「……聞こえてた聞こえてた。『びっくりした、びっくりした』って声がすごいしてて、だからヤベエと思ってみんな車に集まったんだわ」
「あ、そうなんだ……。いや、だから、あんな状況で女の子が普通のトーンで『びっくりした? びっくりした?』ってくるんだから、そりゃ怖いだろ?」
「……いやいや、俺らが車に集まったのは確かに『びっくりした』って大声がしてたからだけど……」
「……それ、ずっとおまえの声だったんだよね」
仲間たちが言うには、
「びっくりしたーッ! びっくりしたーッ!」
と、Aさんが大声で叫びながら廃墟の奥から走ってきたため、皆が驚いて車に集まったのだそうだ。
誰ひとり、女の子の声など聞いていないという。
「俺たちさぁ、今その話を聞かされてすっげえ怖いよ……」
仲間のその言葉に対し、Aさんは何も言うことができなかった。
その後、彼らは気を紛らわすためにカラオケに行って朝まで熱唱したそうだ。
そういう廃墟が存在する。
昼間に行ってもそんなことが起こるのだ。もし夜に行ったらどうなることか。
恐らく、ただでは済まないのだろう。
この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『震!禍話 第八夜』(2018年3月11日)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/557606326
から一部を抜粋、再構成したものです。(0:52:10くらいから)
題はドントさんが考えられたものを使用しております。
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