仮置き場

ツイキャス『禍話』で語られた怖い話の文章化を主にやらせていただいてます

禍話リライト ノックされる家

どこの地域の話かは不明である。

 

その家にはかつて親子三人が住んでいたそうだ。

と言っても、すでに両親は高齢。娘も一度は結婚していたが、子供ができなかったこともあり、離婚を機に出戻ってきた。そんな家庭だったという。

その内、両親は歳のせいもあって次々に他界した。

元々、精神面が弱かったのだろうか。あるいはそれが引き金となったのか。

両親との死別後、娘は無茶なダイエットをするようになったそうだ。

 

そうした方々にはありがちなことだが、どう見ても不健康なほど痩せていても、

(自分はまだまだ太っているんだ)

そう信じ込んでしまっているわけだ。

 

彼女の場合。常に気をかけて、時には諌めてくれるような相手。つまり家族がすでにいなかったことも災いした、と言えるかもしれない。

そんなわけで、彼女はどんどん悪い形で痩せていった。

 

だが。ある意味で幸いだった、というべきか。

彼女の住む一帯は、隣同士の付き合いが盛んな、人情の溢れる土地柄だったそうだ。

そういうこともあって、隣人や知人は彼女を見かける度に心配して声をかけたそうだ。

 

しかし、自分が太っていると信じ込んでいる彼女は、周囲からの声に全く聞く耳を持たなかった。

 

 

その内に。そのように忠告した人の家へ彼女がやって来て『ノックする』ようになった。

 

 

例えば。

『以前と比べてここの部分が痩せたように思うから、ちょっと見てほしい。これでもまだ不健康だろうか』

彼女の健康面や体型について助言した人の家を訪れ、そんなことを言いながら家のあちこち、窓やドアを『ノックしてくる』のだ。

 

ドア越しやインターホンを通してならまだいいが、時には庭まで侵入してリビングの窓をノックすることもあったそうだ。

つまり、不健康なほどにガリガリに痩せた、骨と皮だけのような女性が急に窓の外に現れるわけだ。

言い方は悪いかもしれないが、そんなことをされた近隣の人々は、さぞ驚いたに違いない。

だが、大したもので、近隣の人々はそれでも彼女のことを心配して忠告を続けたそうだ。

 

 

そして、ある時を境に彼女は無茶なダイエットをやめたのだという。

 

 

近隣の人々の言葉が心に届いた、というわけではない。

尊敬か、崇拝か。どんな感情を抱いていたのかはわからないが、彼女には『その人の言葉なら、すんなり受け入れる』そんな相手がいたようだ。

その相手から『さすがに痩せ過ぎで不健康だ』と注意されたことで考えを改めた、ということらしい。

 

しかし、それで『めでたしめでたし』とはならなかった。

 

先述したような生活環境、精神状態だ。

それまで無茶なダイエットを続けていた彼女が、いきなり正しい知識の元、適切な食生活に切り替えるわけもない。そして、それを身近で諌めてくれる人もいないのである。

そんな状況下で、今度は彼女はお菓子やジャンクフードをやたらめったらに、詰め込むように食べ始めたのだ。

当然、無茶なダイエットで弱りきっている彼女の身体や内臓が、そのような行為に耐え切れるはずもない。

結局、その暴飲暴食が祟り、彼女は病死してしまったそうだ。

それ以来、いろいろな事情もあってその家は空き家のまま残っているのだが……。

 

 

噂によると。

その家に行くと、絶対に『ノックをされる』というのである。

 

 

 

……という噂を、この話の提供者(Aさんとする)は飲み会の席で友人から聞かされた。

「うわ、それ怖いなぁ……」

思わず言葉が漏れる。

 

だが、どこに行ってもバカなやつというのは一人はいるものだ。

仮に彼をBとするが、そいつが急にこんなことを言い始めた。

 

「……でもさぁ。ノックされるくらいなら、ギリギリセーフじゃねぇ?」

 

「何がギリギリセーフなんだよ……」

「……いや、だからさ。例えばその女に噛みつかれるとか、首を絞められるとかなら『うわーッ、怖い!』ってなるけど……。でも、ノックでしょ? まあ、ビクッとはするけど、大丈夫じゃない?」

 

「……え。お前、バカなの?」

「あ。今まで知らなかったけど、お前、バカだったんだ!」

その場の全員で、そんなことを宣うBにバカだバカだと言っていると、問題の家にまつわる話をしてくれた仲間が補足の説明を始めた。

 

彼曰く、その家はここからかなり近い場所にあるそうだ。

だが、恐らくBの言動を見てのことなのだろう。絶対に行かない方がいい、そう強く念を押す。

 

 

というのも、彼の知人である先輩が実際にその家に行き、そして『ノックされた』からだという。

 

 

「ノックって言うからさ。ドアとか窓だと思うだろ?

……クローゼットをノックされたんだよ」

 

 

それも、やはり骨張った手でノックするような音だったらしい。

そのため、その先輩は驚き、翌朝急いでその家まで謝りに行ったそうだ。

 

 

「……だから、行かない方がいいと思うよ?」

友人はそう言うのだが……。

「でもノックされるくらいなら……、まあいいよ。行こうよ」

Bは聞く耳を持たない。

「ええ……」

(こんなホラー映画のダメな登場人物みたいなやつって、本当にいるんだな……)

Aさんを始めとする、その場の一同。ドン引きしたそうである。

 

 

もう何を言っても仕方ない、そう匙を投げたのか。

友人がさらに補足するには、どうやらその家は、

『中に入るとよくない』

ということらしい。

というわけで、折衷案というのもおかしな言い方ではあるが、何故か乗り気のBだけが単独でその家に入り、他の全員は敷地外から見ているだけ。そういう形でその家へ行く。

そんな話になってしまった。

 

 

現地に到着した。

「……じゃ。俺たち、行きたくないからさ。お前だけで行っといで」

「◯◯って表札のとこだからな」

「う〜い」

そうしてBが単独で問題の家に向かっていく。

Aさんたちの見ている前で、Bは敷地内、庭へと踏み入り、

「こんにちわー!」

などと言っている。

「うわぁ、バカなやつっているんだなぁ……」

「台風の日にわざわざ堤防とか行っちゃうタイプだよね……」

皆でそんなことを言っている間に、Bが戻ってきた。

「何の変哲もない家だったよ」

「そりゃそうだろ。事故とか事件のあった家じゃないんだから」

そんな会話をしていると、最初に家についての話をした友人が言う。

 

「あ〜。でも俺、知らないよ?

さっきのクローゼットの話だけどね? 普段はホント凶暴な、肩が当たったくらいで『何だコラ!』 ってなるような人がね?

マジな顔で、

『……やっぱ幽霊とかは、本当に怒らしちゃなんねぇ』

って、そう言ってたんだから。

ホントなんだよ、この話は」

 

「……でもまあ。ノックされるくらいなら何とかなるって!」

Bは相変わらず、能天気にそんなことを言う。

 

結局、その日はそのまま解散となったそうだ。

 

 

 

……翌日。

その日も同じ仲間内で集まる予定があった。

集まった仲間どうしで、Aさんたちは昨夜のこと、まだその場に顔を見せていないBについて話し合っていた。

「あいつ、どうなったかなぁ」

「なんか、その日の内にノックされるくらいらしいからなぁ」

「あ、そんな『即断、即決!』みたいなオバケなんだ」

そんな冗談混じりの会話をしていたのだが……。

 

 

しかし、いつまで待ってもBが来ない。

(……どうしたんだろう)

ということで、近くにあるBの住む部屋まで、様子を見に行こうという話になった。

 

Bの部屋に到着する。

が、チャイムを鳴らしても反応がない。留守のようである。いろいろと見てみると、普段は駐輪場に置いてある彼の自転車も見当たらない。

(……まさか、なぁ)

全員、脳裏に嫌な考えが浮かんだ。

そこで話し合った末に、例の家の方も見に行ってみよう、ということになった。

 

 

 

「スイマセンでしたーッ! スイマセンでしたーッ!」

 

 

 

例の家の近くまで来たAさんたちへ聞こえてきたのは、そんな大声だった。

間違いなく、それはBの声だった。

何事かと思い、急いで声のする方へ向かう。すると、やはり例の家の前にBがいた。

傍らに、かなり奮発したと思われる大きな花束。そしてお菓子がパンパンに詰め込まれたビニール袋を置き、地面に額を擦り付けるようにして土下座しながら、大声で謝罪の言葉を叫び続けている。

「……え、マジで?」

一同、急いでBの元へと駆けつける。

「オイ! B! オイ!」

「……アッ! みんな……」

「何なのお前、急に! こんな場所で、そんなことして!」

 

 

「……ノック、されたんだよ」

 

 

Bが震えながらそう言う。

「……ああ、やっぱりノックされたんだ。え、どこをされたの? やっぱドアなの?」

「いやぁ、ハンパじゃないわ……。この家、人間が来ていい場所じゃないわ……」

まだ恐怖が収まらないらしいBの様子に、Aさんは違和感を覚えた。

昨夜、周囲がどれだけ言っても『たかがノック』と譲らなかった彼が、半日も経たずにこれほどまでになってしまうというのは、いったいどんなことが起きたというのだろうか。

「……え、ノックだよね? いや、俺らが言うのもおかしいんだけどさ。たかが『ノック』だよね? 何があったの?」

「いや、実はさぁ……」

そうしてBは昨夜の出来事について語り始めた。

 

 

「……俺さ。部屋に、ベッドじゃなくて、床に布団敷いて寝てるじゃん」

「うん、知ってる。それで?」

仲間だから、彼の部屋についてはよく知っているのだが。Bはフローリング敷の部屋に住んでいた。つまり、そこに『カーペットを敷きつめて』生活をしており、就寝時にはその上に布団を敷いている。というわけである。

「明け方くらいのことだったかなぁ……」

つまり昨夜、Aさんたちと別れた後、家に帰って寝ていた時のことだ。

 

 

「……コンコン、って。ノックの音がするんだわ」

 

 

Bはその音に驚いて飛び起きたのだという。

当然、音の出所と正体を探し始めた。これまた当然だが、昨夜聞かされた、あの家にまつわる話のことも脳裏に浮かんでくる。

(……窓? ドア? クローゼット? 何⁉︎)

そんなことをパニックになった頭で考えながら、音の出所を探す。

すぐに、その答えがわかった。

 

 

「……それ、床をノックしてる音だったんだよ」

 

 

「……え、床?」

「いや、おかしいだろ。お前んち、カーペット敷いてて、その上に布団敷いて寝てたんだろ? 床なんか、叩けないじゃん」

「そうなんだよ……」

その部屋で暮らしているBだからこそ、異常性がすぐにわかった。

そもそも、部屋に『カーペットを敷き詰めている』のだから、フローリングの床を直でノックできる場所など無いわけだ。

それに、カーペット越しにノックしているのならば、ノック音とは違う、もっとくぐもったような音になるはずである。

 

それなのに、明らかにフローリングを直で叩いている音がするのだ。

まるで、そこに布など何もないかのように。

あるいは、そうしたものの存在を『無視』しているかのように。

 

「……え。下の部屋から叩かれてた、とかじゃなくて?」

そう訊ねる仲間の言葉に対し、Bは首を横に振る。

彼曰く、例えば下の階の住人から騒音への抗議として叩かれる、そういう音とも断じて違う。間違いなく『自分の部屋のフローリングの床を直で叩く音』だったそうだ。

「……だからさ、俺。どこを叩いてるんだろうなって思ったんだよ。床を叩いてるのに、どこを叩いてるんだろう、って……」

 

 

「……俺ね。布団の上で仰向けで寝てたんだよ。脚を開いてね。その、脚を開いてる、ちょうど間くらいのところを、『コンコン!』ってされたんだよ」

 

 

そこでBは(……ウワッ!)となった。

カーペットだけではなく、布団も敷かれている室内。

つまり、布が何枚も重なった、絶対に直で床を叩く音がするはずがない、してはいけない。そんな場所から、ノックの音が響いたのだ。

 

どういう理屈なのか全くわからない。言うなれば、相手は空間等を超越している、ということだろうか。

B自身、男性である。つまり急所である、局部のすぐ近くで音がしたというわけだ。そのことも、さらに恐怖を煽った。

 

 

(……これは、

『こっちはいつでも、何でも出来るんだぞ』

……というアピールなんじゃないか?)

その時、Bの頭にはそんな考えが浮かんだのだという。

 

 

「……でさ、俺、利き手が左手だろ?」

「うん……」

Bは無意識の内に、就寝時に普段から左手の側に置いてある携帯電話、それに手を伸ばしていた。誰かに咄嗟に連絡しようとしたのだ。

すると……。

 

 

コンコン!

 

 

携帯へと伸ばした、布団の上にある左手。

今度はその指の僅か数ミリ先で、ノックの音がしたのである。

 

 

(……だから、無駄なんだって)

相手から、そう言われているような気がした。

 

 

(……こっちは何でも、いくらでも、お前のことを好きなように出来るんだぞ。空間や常識を超越して、お前はこちらの掌の上にあるんだぞ)

 

 

つまり、そういうことなのだと。理屈ではなく直感で理解してしまった。

この後、肉体の他の急所、例えば自分の頭の後ろから枕越しにノックの音が聞こえたりなどしたら……。

恐らくそこで自分は死ぬんだろうなという、そんな直感があった。

 

 

「……ああ! スイマセン、スイマセン! 何でもします、ごめんなさい! 明日もう、出来る限りなことをしますから! 出来る限りなことをしますから!」

恐怖の中、そう叫んでいる内にBは失神してしまったのだという。

 

 

翌朝。

目覚めたBは、

(……出来る限りのことって、なんだろう?)

そう悩んだ結果、短絡的ではあるが女性だからということでまず花束を用意した。

そして、ダイエットしてた人に対してどうなんだろう、とは思ったものの、

(……まあ、死んじゃったら、そういうのって関係ないよな)

そう考え、大量のお菓子を買い揃え、例の家に謝罪に向かった、ということであった。

 

 

よほどその体験が恐ろしかったのだろう。

大したもので、Bはそれから半年間、欠かさずその家にお菓子と花束を定期的に供え続けたという。

 

それが効果があったということか。

それ以来、Bは何事もなく無事に暮らしているそうだ。

 

 

 

※この話を受けてのお話です。よろしければ、合わせてどうぞ。

禍話リライト 地下の霊安室 - 仮置き場

https://venal666.hatenablog.com/entry/2020/02/04/205454

 

 

 

この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『禍ちゃんねる 百一回目の霊障スペシャル』(2019年4月19日)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/539363129

から一部を抜粋、再構成、文章化したものです。(1:38:40くらいから)

題はドントさんが考えられたものを使用しております。

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