仮置き場

ツイキャス『禍話』で語られた怖い話の文章化を主にやらせていただいてます

禍話リライト 踏切の女

夜中にあまり親しくない相手から電話がかかってくると、ろくなことにならない。

だいたいは金の無心だったりするものだが、時にはもっとよくない話に巻き込まれることもある。

 

 Aさん(女性)の大学生の頃の体験だ。

ある日の夜11時頃、携帯に着信があった。

相手を確認すると同じ大学の男子生徒、Bである。

同じ授業を取っているくらいで、さほど親しい相手ではない。その授業でたまたま同じ課題に共同で取り組むことになった時、何かあった時の連絡用として念のためアドレスを交換しておいた、そういう顔見知り程度の間柄だ。

受講する生徒の多い授業ということもあって、同じ教室にいても会話をした記憶はあまりない。したとしても軽い挨拶か授業関係の話題を何度か、というくらいだ。実際、こうして電話がかかって来たのも、今までも授業や課題の関係で数回ほどしかなかったはずだ。

そんな相手が、こんな時間に何の用だろう。今のところは授業関係で話し合うべきことなどなかったはずだ。

不思議に思いながら電話に出る。

「もしもし?」

「あ、ごめんごめん。今ちょっとさ、俺、踏切にいるんだけどさ。あ、聞こえにくかったりしたらごめんね。人身か何かあったのか知らないけど、ずっと遮断機が下りてるんだよね」

(何言ってんだこの人……)

その程度の話ならもっと親しい相手に電話すればいいのに、なんで自分に電話してきたのだろう。そう思いつつ返事をする。

「はぁ、それで?」

「それでさぁ、向かいの踏切に変な女がいてさぁ」

「ん? 変な女?」

「うん。変な女がいて、下りてる遮断機を両手で握ってて。今も聞こえてると思うけど、カンカンカンって音に合わせて上下に揺れてんだよ。ヤバいよね? 普通の女じゃないよね?」

「はぁ、そうなんだ……」

 

返事をしてから、おかしなことに気づいた。

以前にも通話をしたことがあるから知っているのだが、Bの持っている携帯は周囲の音をかなり拾うタイプなのだ。例えば雑踏の中なら周りの話し声まで聞こえてくるし、コンビニにいれば店員の声やレジの音まで入ってくる。それくらい周囲の音を拾ってしまう。

 

なのに、電話の向こうからは全く踏切の音が聞こえてこない。

うるさかったらごめんねとBは断りを入れたのに、電話を取ってから一度もカンカンカンという警告音は聞こえてきていなかった。

 

(……どういうことだ?)

そう思っていると、

「……いや、ちょっと! 待って待って待って⁉︎」

と、Bが叫ぶ。

「なになになに⁉︎」

「いや、今よく見たら相手、裸足だわ……。おかしいよな。この辺、一番近い民家っつったって結構な距離あるぜ。これで裸足ってヤバいよなぁ……。うわっ、揺れがどんどん大きくなってきてるよ! ヤベェ、何だよこれ。ぜったいヤベェよ!」

そこで、その踏切を通らずに別の道で帰ったらどうかと提案してみたが、Bはこの道を通らないと家に帰れないという。抜け道もないではないが、そうすると結構な遠回りになってしまうらしい。

「うわっ!」

またBが叫ぶ。

「待って、ちょっと待って! 俺の方見てるわ! やだなぁ、これ早く踏切上がってくれねぇかなぁ。いや、上がっても怖いなぁ……。俺、どうしたらいいのかなぁ……」

 

そこで耐え兼ねて、Aさんはずっと気になっていたことを質問した。

「いや、ゴメン。今本当に踏切にいるの? あの、全然踏切のカンカンカンみたいな音、聞こえないんだけど?」

その質問に、少し間を置いてBが答える。

 

「今さぁ。俺、踏切の前にいるんだけどさぁ」

 

「……えっ?」

「人身か何かあったらしくてさぁ」

Bは同じ話を最初から繰り返し始めた。

「人身か何かあったらしくて、ずっと遮断機下りてんだよね! したら向かいの踏切にさぁ!」

「ちょっとちょっとちょっと! それさっき聞いたって!」

「変な女がいてさぁ! それがヤベェんだよ! 目の前の下りた遮断機、両手で握っててさぁ!」

 Aさんの制する言葉が聞こえないかのように、Bは同じ話を続ける。

「裸足だしさぁ! ぜったいヤバいよなぁ!」

「いや、だからなんで同じ話繰り返すの⁉︎ あと、さっきから一切音してないから! 踏切、本当にいるの⁉︎ 何言ってんの⁉︎」

「……今さぁ!」

 Aさんの質問を無視し、Bはまた話を最初から始める。

「いや、だからやめてよ! ……えっ?」

 

なぜ同じ話を繰り替えすのか。もしかしたら自分が何か聞き逃したり聞き間違えているのかもしれない。そう思い、話に集中しようと耳を澄ませたからわかったのだろう。

かすかにギシッ、ギシッという音が聞こえた。

それは、Bが言うように女が遮断機を揺さぶっている音、なのだろうか。

つまり、イタズラでこんな電話をかけてきたとかではなく、Bは今本当に踏切にいるのか。

だとしても、なぜ彼は同じ話を何度も繰り返すのか。

全て彼の言う通りなら、なぜ軋む音は聞こえるのに踏切の鳴る音は聞こえないのか。

もしかしたら、すでに遮断機は上がっているのではないのか。

もしそうだとしたら、どうして彼は今も遮断機が下りている体で話をするのか。

いろんな考えが脳内を駆け巡り、恐怖と混乱でAさんの頭が爆発しそうになった、その時だった。

 

「女が遮断機を揺さぶってて……」

Bがそこまで言ったところで、彼の手から何者かがその携帯をひったくったらしい音が聞こえた。

(あっ、とられた⁉︎)

そう思った瞬間、電話の向こうから声が響く。

 

 

『げ  ん  じ  つ  と  う  ひ』

 

 

全く知らない女の声だった。

そこで通話が切れてしまった。

 

恐怖と驚きのあまりしばらく電話を持ったまま固まっていたAさんだったが、我に帰ると慌ててすぐにBへ電話をかけ直してみた。

が、携帯の電源は入っているようだが、全く出る気配がない。

これは本当にマズいのでは。そう思ったAさんは自分よりBと仲のいい共通の男友達に電話をかけ、何が起きたか一部始終を伝えて助けを求めた。

話を聞いた男友達は、内容からそれが自分も知っている近所の踏切のことだと判断し、

「自分が様子を見てくるから待ってろ!」

と彼女に告げて現場を見にいってくれた。

しばらく待っていると、その男友達からAさんへ連絡が入った。

「ヤバいヤバい!」

男友達曰く、現地に到着するとそこには誰もいなかったが、踏切周辺に何かがバラまかれている。

何だろうと思って見てみると、財布や携帯だった。見覚えがある、Bの私物だ。

これはいよいよマズい、ということで警察に通報することになり、かなりの騒ぎになったという。

 

結果から言うと、Bは3日ほど行方不明だったのだが、無事に発見された。

隣町のさらに隣の町くらいにあるバス停で、ひとりで何かブツブツ呟いていたところを保護されたそうだ。

B曰く、その晩の出来事については途中から記憶がなくなっているという。

あの晩、帰宅途中に踏切に差し掛かり遮断機が上がるのを待っていると、向かい側の遮断機を掴んで揺さぶっている女がいることに気がついた。

気持ちが悪いなぁと思っていると、遮断機が上がった瞬間に女が一直線に彼に迫ってきたため驚いたそうだ。

そこから保護されるまでの記憶が全くないという。もちろん電話をかけた記憶もないし、かけたのを忘れているだけだとしてもそこでなぜAさんを選んだのか、その理由もわからない。

さらに言えば、後日その踏切について調べてみたところ、そこでは事故や事件が起きたことは一度もなかったそうだ。確かに路線全体で見れば死亡事故のひとつやふたつは当然あるのだが、その踏切に関してはそうした話は一切なかった。

何にしても気持ちが悪い、ということで後日、Aさんは様子を見に行ってもらった男友達を含む三人で、揃ってお祓いを受けに行ったという。

 

 

……ところで、世の中には聞きたくない、言わなくていい、そんな余計な一言を言ってしまう人がいるものだ。

禍話の語り手、かぁなっきさんが友人の女性にこの話をしたところ、こんな感想が返ってきた。

「まあ、飛び散ったり吹っ飛んだりすることはあるだろうからねぇ。あと、こびりついてたものがそこで落ちたりとか」

友人の言葉に対し、かぁなっきさんは、

「おまえ、最低だぁ……」

そう返したそうだ。

 

この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『震!禍話 十二夜』(2018年4月20日)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/458460813

から一部を抜粋、再構成したものです。(0:29:10くらいから)

題はドントさんが考えられたものを使用しております。

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